2012年3月15日木曜日

3月14日 世田谷パブリックセンター「サド侯爵夫人」、東京宝塚劇場「愛のプレリュード/ル・パラディ」花組

演出:野村萬斎
サド侯爵夫人ルネ:蒼井ゆう
ルネの母・モントルイユ夫人:白石加代子
サン・フォン伯爵夫人:麻実れい
シミアーヌ男爵夫人:神野三鈴
ルネの妹アンヌ:美波
モントルイユ家の家政婦:町田マリー。

舞台中央に下ろされていた青銅製のシャンデリアを家政婦が上にあげるのを機に、物語が動き出した。
三島由紀夫の『サド侯爵夫人』。
舞台は絶対王政が爛熟を極め、頽廃の色濃い18世紀末のパリ。サド侯爵は数々の乱行から逮捕・投獄を繰り返していた。そんな夫に対して、侯爵夫人・ルネは貞淑であることを貫こうとする。一方、ルネの母・モントルイユ夫人は体面や道徳を重んじ、ルネに別離をうながす。そこで、夫人はサドさながら自由放埓に暮らしているサン・フォン伯爵夫人や信心深いシミアーヌ男爵夫人をもつかい、計画を進めていく……。

 3時間45分という大作である。
しかし3幕目が始まる直前、会場が大きく揺れた。215分だった。
人々のどよめきが続いた。こういうとき、人は揺れるものを見つめるものらしい。観客ほぼ全員が天井で揺れる照明を凝視していた。

 千葉東方沖を震源とする地震である。
 千葉県北東部と茨城県南部で震度5強。
 我が家は千葉県にある。残念だったが3幕目をあきらめ、帰宅することに。

 というわけで今回は2幕目までの感想です。

「詩情あふれる美文が精密を極めている」と絶賛され、三島戯曲の真骨頂といわれるこの作品。
美しく格調ある言葉が寄せては返す波のように、これでもかこれでもかというほど次々に発せられる。
だが、人の胸にそうしたセリフをちゃんと届けるのは難しい。
役者のひとつひとつの言葉がくっきりと立っていなければならない。正確で明瞭で、なめらかなエロキューション、美しさを際立たせるイントネーションが求められる。
そして、何よりその言葉への理解、思いの深さがなければそこに生命が宿らない。
芝居では“肉体化した言語”ということがよくいわれるけれど、この作品が求めるのはそれなのである。
美しすぎる言葉。だからこそ、役者の力量がより厳しく問われるのだ。
言葉を肉体に叩き込み、その肉体から発せられる言葉でなければ嘘くさくなってしまい、言葉のきらめきはたちまち失われてしまう。
だがもし、役者の発する言葉がそれだけの圧倒的な力を持てば、美しさと怖さが何倍にもなって輝きを放ち、観客の胸を照らしてくれる。
そのことを教えてくれたのは、麻美れいさんである。

言葉……そして肉体の動きもまたぞくぞくするほど美しい。言葉とシンクロするように体が自在に動くのだ。もちろん表情も。
言葉と肉体と表情が三位一体となり、サン・フォン侯爵夫人という、自由で放埓で、不道徳であると同時に、官能的でありエロティックである人間が舞台上に、見事に浮かび上がった。

麻実さんにサン・フォン侯爵夫人が宿ったかのようだった。

見どころはモントルイユ夫人とルネが積み重ねていく言葉の応酬なのだが、白石さんはちょっとお疲れだったのだろうか、白石節がひとつのパターンと感じられるほど、単調だった。蒼井さんは、表情も体の動きもが乏しかった。
ルネの多面性が、ときにハッとするほど、あるいはゾっとするほど舞台上に次々に現れたら、どうだったのだろう。どんなに心震えただろう。素晴らしい資質を持つ蒼井さんだからこそ、いつかもう一度、この役に挑戦してほしい。

衣装についてもひと言言わせてほしい。サン・フォン侯爵夫人とアンヌが1幕で着ていた大げさなスカートを2幕目で軽くしたのは演出の意図が伝わってきて、とてもよかったと思う。
一方、モントルイユ夫人とルネは同じなのはなぜだったのだろう。時間が経過し、ふたりの関係も変化したことを伝えるためにも、衣装やヘアスタイルなど変えた方がよかったのではないだろうか。そして全体にもうちょっと統一感がほしいとも思った。
 
 電車を乗りつぎ、最寄りの駅にたどり着いたときにはホッとした。
 そして自宅まで歩きながら、昨年のことを思い出した。
 
 昨年325日、余震が続く中、東京宝塚劇場・花組公演「愛のプレリュード/ル・パラディ」を見た。311日に東日本大震災が起きて以来、初めて劇場にいったのだった。
花組トップ男役・真飛聖さんの退団公演となる作品だった。
 力のある舞台だった。真飛さんと組子ひとりひとりが交感する、愛という言葉以外に適当な表現が見つからない、限りなく優しい感情の渦が舞台上にはっきりと見えた。
そしてその渦から陽だまりのような温かさが客席にど~っと流れてきて、私を包むのを感じた。
 
真飛聖さんは、春野寿美礼さんのあとに花組のトップについた男役である。
骨太でしなやかな演技が魅力的だった。ため息がでるほど黒燕尾が似合っていた。

花の業平の在原業平、虞美人の項羽、大王四神記のタムドク、エキサイターのMr.YU、麗しのサブリナのライナス、ベルサイユのバラのアンドレ、相棒の杉下右京、ロマンチック・ジゴロのダニエル、ミー&マイガールのビル、愛のプレリュードのフレディ・クラーク……水もしたたるようないい男という表現は、真飛さんのためにあると思った。

王子様的な役柄や爽やかな男役はもちろん、孤独に耐える男や陰影のある役もよかった。
オールバックにすると、男くささがムンと出てくるのも素敵だった。
どんなダメンズでも、ミスターYUのようなコケティッシュな役を演じても、どこかに粋な感じと高貴さ、そして懐の深い優しさがあった。

自分だけでなく舞台に立つすべての組子に光を当てようと心配りをする人でもあった。その思いが舞台にいつも流れていた。
組子たちはヴィヴィッドにそれを感じとり、喜びと信頼を真飛さんに向かって放ち、双方向の優しく温かなエネルギーが舞台上で交錯する。
そして明るく弾力ある力で観客をしっかりと包む。「楽しんでほしい。そのために私たちは存在しているのだ」という彼らの思いが客席の隅々まであふれる。観客として存在する幸せを、何度感じたことだろう。

春野さんが築き上げた花組が、春風の吹く王国なら、真飛さんが作った花組は愛に満ちた、まさにル・パラディだった。(どちらも、大好き!)

25日のその日、真飛さんは初日を開けるにあたり、震災が起きたこんなときに舞台を務めていいのか熟考したと切り出した。
そして考え抜いた結果「私たちに出来ることは最後まで舞台を務めることだと思った」とひとつひとつ言葉を選びながら言い切った。
さらに被災地のファンに対して「いつか宝塚を見るという夢を心に持ち続けてほしい」とも。その真摯な表情は今も忘れられない。

そして彼女は東京公演の1ヵ月間、終演後、激しいショーで吹き出る汗を軽く押えただけで、すぐにロビーに飛び出し、募金のために立ち続けた。

同じ日の夜、佐久間良子さんの邦楽ドラマ浪花女ー「壺坂霊験記」誕生物語も紀尾井小ホールでみた。
帰りが遅くなってしまうため、突然の計画停電に備え、バッグの中に懐中電灯を忍ばせての観劇だった。

あれから1年がたった。
早いとか遅いとか、よくわからない。でも、やっぱり長かったように思う。

昨年の5月に、やはり見ておかなければと、思い切って仙台の沿岸にいった。むき出しの茶色の汚れた土が見渡す限り広がっていた。
泥の海に浮かぶ小島のように、ポツンポツンと柱と屋根と壁だけになった家がたっていた。
「ここには何十件も家が立ち並んでいたんですよ。枠はあっても残った家も住めません。中が全部やられていますから」
 1軒だけのこった家の前を通り過ぎた時、タクシーの運転手さんがいった。
「あの日、仙台空港で客待ちをしていた私の車はここまで流されたんです」
 差し出した指先には、大地の上にごろりごろりと置き去りになったヘリコプターやセスナが見えた。
 “津波がきた!”という声が聞こえ、車を捨て、空港の階段を駆け上がり、屋上で一昼夜を過ごしたという。
 
 1年たっても、復興はまだ進んでいない。
 原発も収束していない。
大地も揺れ続けている。
  

ところで、あのときロビーで募金活動を続けた真飛さん。退団して以降ネスカフェのCMに出演しただけで、本格的活動は始めていない。
真飛さんは宝塚の中でも、芝居心があって、歌えて踊れて、とびきり美しくチャーミングな役者だった。
このまま舞台から降りてしまうのは、もったいなさすぎる。

そろそろ活動開始しては、いかがですか。
真飛さんの新たな舞台が見たい。
そう思っているのは、私だけではないはずです。

【ご報告】
春野さんの東宝「エリザベート」、東京公演の初日と千秋楽のチケットをゲットしました! 
素晴らしいっ!
 今からワクワクが始まっています。

2 件のコメント:

  1. keikoさん

    はじめまして。
    あの花組の初日から1年経ちます。
    1年を経て、同じ思いのブログに出会うことはとても嬉しく思います。観客席にいる者の喜びというのでしょうか。
    愛とまごころいっぱいで、それが舞台からいつもあふれているような真飛さんの舞台が大好きでした。
    早くまた、あの空間に存在できることを私も心待ちにしています。

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    1. 桜園さま
       コメントをありがとうございます。

       真飛さんトップの花組の舞台にあふれる温かな雰囲気は本当に素敵でした。
       桜園さんも同じように感じられたとのこと。
       とてもとても嬉しいです。
       
       ところで近々、活動を開始なさるとの噂もあるみたい。
       それが本当だといいですね。 
                         Keiko

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